第239回「いつも笑顔のあの人が抱える闇|人の心の二面性と『理解者』の尊さ」

2026年8月13日

人の心というものは、本当に分からないものです。

どれだけ心理学を究めても、どれほど多くの人間関係を経験しても、一人一人が持つ心の深層部分までを完全に解明することは不可能でしょう。

「あの人は何を考えているの?」
「この行動にはどんな意味があるの?」

ご相談の中でこのような質問を投げかけられる度、私は「明確な模範解答を提供できないこと」の困難さを痛感します。

私にできるのは、与えられた情報からの推測に過ぎません。

的を射ていることもあれば、全くの的外れである可能性も高い。それほどまでに、人の心は複雑に絡み合っているのです。

表面的に見せている表情と、内面に潜むもう一つの顔が、180度異なっていることは往々にして起こります。

いつもニコニコしていて、悩みが一つもないように見える人であっても、実は誰にも言えないストレスや孤独を抱え込んでいる場合があるのです。

前回のコラムでは、そうした「孤立感」を抱えている方に向けたメッセージをお届けしました。

今回と次回は、その続きとなります。今回は、

私がかつて身近で接してきた、ある女性のエピソードをご紹介します。

1. 「癒しののぶ子さん」の表の顔

私は過去の20年間、男性よりも圧倒的に女性が多い職場で働いてきました。

その過程で、人間の「表と裏の二面性」を幾度となく垣間見てきました。

まさにリアル版『家政婦は見た』のようなシチュエーションです。

中でも、一つ強く印象に残っている出来事があります。

もう7年ほど前のことですが、当時の職場に「のぶ子さん(仮名)」という、とても人当たりの良い年上の同僚がいました。

どんな時も笑顔で、いつも穏やか。

誰にでも愛想良く振る舞う彼女は、同僚たちから「癒しののぶ子さん」と呼ばれて慕われていました。

しかし、のぶ子さんは職員会議などでは決して自己主張をせず、黙って他のスタッフの声に耳を傾けてばかりいました。

私としては、「本当のところ、のぶ子さんは一体何を思っているのだろうか」と少し気にかかっていたのです。

また、2週間に1回ほどの頻度で「偏頭痛がひどくて……」と当日欠勤をすることがあり、心配な面もありました。

そしてある時、私はそんな控えめなのぶ子さんの「本性」を垣間見ることになります。

2. 笑顔の裏で増殖していた「どす黒い感情」

のぶ子さんは持ち前のマイペースさゆえに、仕事で細かいミスを繰り返してしまうことが頻繁にありました。

その都度、上司から苦笑いで指摘されるのですが、のぶ子さんは「えへへ」と可愛らしく照れ笑いをして場を和ませていました。

周囲の誰もが、そんなのぶ子さんを見て「前向きで可愛らしい人だ」と感心していました。

しかし、当ののぶ子さんは人知れず、限界までストレスを溜め込んでいたのです。

事の発端は、のぶ子さんと唯一プライベートで繋がりのあった同僚のけい子さん(仮名)が、私に神妙な面持ちで相談を持ちかけてきたことでした。

珍しく仕事帰りに二人きりで誘われたので、一瞬「恋の予感か?」と浮き立ちましたが、全くの勘違いでした。

けい子さんは喫茶店に入り、周囲に知り合いがいないことを確認すると、本題に入りました。

「口で説明をするよりも、これを見てほしい」 そう言って、真顔で携帯電話の画面を私に突き出してきたのです。

画面を見ると、おびただしい文字の羅列が目に飛び込んできました。

そこには、上司と同僚への恨み辛みと愚痴が、時系列でびっしりと書き連ねられていたのです。

唖然とする私をよそに、けい子さんはこのメールの送信者が「のぶ子さん」であることを明かしました。

メールは他にも10通以上あり、決まって深夜に、800文字を超える長文で送られてきていたそうです。(幸いなことに、私とけい子さんへの矛先はありませんでした)

  • 「〇月×日、今日は上司に、まるで鬼の首を取ったかのようにみんなの前で晒し者にされて叱られた。」
  • 「〇月×日、同僚のさち子(仮名)はいつも私のことを見下している。」
  • 「〇月×日、くみ子(仮名)は、ろくにパソコンもできない馬鹿のくせに難癖をつけてきて許せない。」

あの「癒し系」ののぶ子さんだとは夢にも思えないような、どす黒い感情のオンパレードでした。

3. バーチャルと現実の狭間で

のぶ子さんは、「他言無用」を条件に、いつからか一方的にけい子さんへこのようなメールを送りつけるようになっていたそうです。

最初は同情して返信していたけい子さんも、次第に内容の重さに耐えきれなくなり、スルーするようになっていました。

それでも、のぶ子さんからの深夜のメールが止むことはありませんでした。

私はこの事実を知り、「一度上司に相談した方が良いのではないか」とアドバイスしました。

しかしけい子さんは、のぶ子さんがプライベートで送っているメールを、しかも矛先となっている上司本人に明かすことのリスクを恐れ、躊躇していました。

現状を打開するため、私たちは一度、のぶ子さんがメールで標的にしていなかった他の同僚を交えて食事会を開きました。

そこで本音を漏らしてもらい、少しでも楽になってくれればという思いがあったからです。

しかし、彼女はその場でも一切、会社の愚痴をこぼすことはありませんでした。

現実世界とバーチャル(メール)の世界とで、完璧にキャラクターを演じ分けていたのです。

その後も職場では何の変哲もなく、のぶ子さんは「ニコニコキャラ」を全うしていました。

まるで、あの数々の恐ろしいメールが幻であったかのように。

しかし、職場でストレスが積み重なるたびに、けい子さんの元へは怨念めいたメールが届き続けていました。

4. 限界を迎えた仮面と、突然の結末

そんな歪な関係にも、終わりが訪れます。

のぶ子さんが異動になり、職場が変わったのです。

それを機に、嘘のようにけい子さんへのメールはピタリと止まりました。

けい子さんは解放感を覚えつつも、彼女のその後を心配していました。

しばらく時間が経ち、のぶ子さんのことも過去になりつつあったある夏の日。私たちは久しぶりに、のぶ子さんの噂を耳にしました。

新しい職場でも体調不良による欠勤が続いていたのぶ子さん。

ある日、げっそりとした表情で出勤してきた彼女を見るに見かねた新しい上司が、「無理しすぎじゃないの?」と声をかけたそうです。

すると、のぶ子さんは突然激昂し、 「もうやってられない!」 と大声で啖呵を切って、そのまま荷物をまとめて出て行ってしまったというのです。

そして、あっけなく退職という結末を迎えました。

周囲の人間は原因が分からず呆気にとられていたようですが、この話を聞いた私とけい子さんは顔を見合わせ、深く納得しました。

「誰にも本音を言えず、ずっと仮面を被り続けていて、ついにストレスの限界を迎えてしまったのだろう」と。

のぶ子さんは前の職場では、けい子さんへの「メール」というツールを使ってどす黒い感情を吐き出し、デトックスを試みていました。

しかし、新天地ではそのはけ口となる理解者が誰も周りにおらず、ついに我慢の限界が決壊してしまったのでしょう。

その後のぶ子さんがどうなったのか、今となっては誰も知りません。

まとめ:あなたの周りに「理解者」はいますか?

のぶ子さんの件は極端な例かもしれませんが、「会社では何の問題もない、いつも笑顔でいい人」に見える人間ほど、裏では重い何かを抱え込んでいるものです。

多かれ少なかれ、誰もがそうした面を持っていますよね。

心がパンクしてしまうほどストレスを溜め込まないためには、「いかに自分を信じ、支えてくれる『理解者』が周りにいるか」が重要になります。

自分の本音を安心して吐き出せる人間関係が一つでもあれば、最悪の事態は免れることができます。

そして、何度でも新しい人生をやり直すことができるのです。

次回は、誰もが知る有名人の例を挙げながら、「誰もが心を病んでしまう身近なリスク」と「支援者(理解者)の尊さ」についてさらに深く掘り下げていきます。どうぞお楽しみに。

投稿者プロフィール

たか
たか
たかさん(公認心理師 )

恋愛や人間関係で悩み、自分を見失っている方に向けた心理コラムを22年間執筆・発信。

メールや通話による1対1の心理カウンセリングは20年以上継続し、累計5,000件以上の相談実績を持つ。

大手ニュースメディア(マイナビニュース等)でのコラム掲載実績多数。

筆者自身、20代から30代前半にかけて「10回連続で片思い失恋を経験する」という壮絶な挫折を経験。
必死なアプローチによる空回りや過度な執着、自尊心の崩壊を自ら乗り越えてきた。

心理学の専門知識(公認心理師・精神保健福祉士などの国家資格)と、実体験に基づく独自のカウンセリング手法を融合。

「相手軸」の執着や過剰適応から抜け出し、ありのままの「自分軸」を取り戻すための具体的なアプローチを提案している。

相手の心理が分からない、過去の未練や執着から抜け出せないと悩む方々へ寄り添い、心の整理と自己受容をサポートする「心の伴走者」として活動中。

【保有資格】

公認心理師(心理職唯一の国家資格)
精神保健福祉士(国家資格)
国家資格キャリアコンサルタント(国家資格)
伴走型支援士
心理相談員
両立支援コーディネーター
ストレスチェック実施者
メンタルヘルス・マネジメント検定 II種・III種