第195回「人生を変えるために風俗の疑似恋愛を求めた結果は」その2
前編はこちらから
※実話をもとにしており、内容的には性描写を意図的に控えめにしておりますが、18歳以上の方の閲覧を推奨します。
「もうこれで終わってもいい」
ジャンプコミックスの『HUNTER×HUNTER』のワンシーンです。
窮地に立たされた主人公のゴンが、現段階の実力ではどうあがいても勝ち目がない強敵に対して、決死の覚悟によって、大変危険な誓約と制約をつけて、相手を倒せる年齢まで急激な成長を遂げた場面がありました。
主人公は数十年のたゆまぬ修行の連続によってたどり着ける境地を、命と引き換えに一瞬で手にすることが出来たのです。
たった二発で宿敵を瀕死の状態に追いやった主人公でしたが、その代償は計り知れないものでした。
争いの後、集中治療室で瀕死のミイラ状態で横たわっている主人公の姿が全てを物語っているのです。
初の風俗を体験した勇樹君の心には、今までにない感覚が宿っていました。
HUNTER×HUNTERの主人公のゴンを投影するように、筆舌にし難い虚脱感と虚無感に全身が支配されていたのです。
店に入る前にすれ違った恍惚に満ちたあの客の表情とはうって変っていました。
かわいい子とエッチが出来た。
夢が叶った瞬間だったはずです。
自分の理想の女性と性的な関係を実現できた後に待っていたのは、途轍もない虚しさでした。
それはなぜなのか。
この時点での勇樹君には、理由はわかりませんでした。
胸が痛くて締め付けられるようで、自宅に帰った後も消えないままでした。
その答えを模索するために、勇樹君はネットの世界に触手を伸ばしました。
「風俗 虚しい」
このキーワードに思いの全てを凝縮させて、その先の答えを求めました。
そして、あるサイトに書いてあったこのような言葉が目に留まりました。
風俗に行った後に虚しい理由は、本来人間と人間とが真剣に向き合って、嫌な思いとか恥ずかしい思いとか、思い通りにならない経験を重ねながら、時間をかけて信頼関係をつくるべきところを全部すっ飛ばして、「お金」でもって「果実」のおいしい部分だけを得たとしても、それはやっぱり「偽物」なのである。
それを心底わかっているからこそ、「虚しい」のではないか。
風俗で手にする男女の関わり、それは「お金」の関係なのである。
どれだけ親しくなったような気にさせてくれたとしてもそれは「お金」なしには成立しえない関係である。
そこをそう感じさせずに上手く錯覚させてくれる人が風俗嬢であり、プロの営業なのである。
勇樹君は一字一句咀嚼しながら、自分のこととして置き換えていました。
サービス中の風俗嬢の笑顔も、名刺に書かれた「今日はお話しできてとても楽しかったです♪」というレイのメッセージも、全てはお金が絡んだ作られた関係性であって、そこに心と心が通い合った純粋な男女の恋愛関係のようなものは存在しないことを再認識したのです。
金さえあれば、街角で見かける以上のかわいい女の子と疑似恋愛を味わえて、身も心も気持ちいい思いも体験できる。
男として褒めてもらえるし、忘れかけていた自信を取り戻してくれる。
この原理原則が、当の勇樹君にとっては心の溝を深めて行きました。
レイのような女性は、日常生活の延長線上での出逢いであったら、まず相手にされることがないような高嶺の花です。
このような女性と一対一で話せただけでも稀有な出来事なのに、濡れ手で粟のようにして肉体関係を一瞬で手にした勇樹君にとっては、日々妄想していたような「かわいい子と結ばれれば絶頂な気分に違いない」という実感はありませんでした。
勇樹君の心は満たされることはなく、胸の痛みがさらに刻まれることになりました。
そして風俗の世界に住む女性の一面を垣間見たことで、新しい感情が生まれることになりました。
なんであんなに若くてかわいい女性が風俗嬢として仕事をしているのだろうか。
頭で考えても分からない、一般社会で生活していて、衣食住不自由なく生きてきた勇樹君のような成人には分からない感覚です。
この胸の痛みが虚しさから生じているのだとしても、足を踏み込んだ勇樹君はそこで立ち止まれませんでした。
この心の隙間を埋めるために、別の女性と向き合うことで解決出来るのだろうか。
もっとたくさんの若くてかわいい女性と交われば、更なる絶頂を味わえるのだろうか。
性欲と好奇心が入り混じる中、開拓によって抵抗がなくなった勇樹君は、以後短期間で連続して複数の風俗店に浸かりました。
そこで複数の女性と関わることで、彼女達の背景を知ることになりました。
ある五反田の店で出逢った22歳の女性は、将来小学校の教員になるための大学院に進学にあたって、巨額な学費を稼ぐためにこの世界に身を置いたことを話してくれました。
彼女にとって数百万という学費を短期間で捻出するためには、風俗という選択肢以外あり得なかったのです。
彼女以外にも、進学の費用を貯めるために、風俗嬢として働いている同僚は多いようでした。
大塚の店で出逢った21歳の女性は、彼氏がいながらも内緒でこの世界で働いている事情を漏らしてくれました。
同じ店内の女の子とも仲が良いらしく、仕事が終わった後には食事をすることもあるようでしたが、この世界は長続きする者が少ない現状を吐露していました。
心労を理由にドロップアウトするものが多いというのです。
またある時は、入ってまだ3週間しか経っていない19歳の新人と巡りあったこともありました。
彼女は開口一番、
「お兄さんのような真面目な人間がどうしてこんな世界にきちゃったの?他に行くところがあるでしょ!!」
と想定外の発言を飛ばしてきたそうです。
続けて彼女は1年以上彼氏がいないらしくて、「こんな世界に住んでいる自分なんて恋愛する資格がないよね」という自虐をぶつけてきたようです。
面を喰らった勇樹君はとっさに「もうすぐ20歳で、新しい代の始まりだし、これからいくらでも可能性はあるよ!!」と激励したようですが、彼女はうつむいたまま認めようとしようとしなかったようです。
みんな人には言えない事情を抱えながらこの業界に生息しているんだ。
このような彼女達の訳ありの背景を垣間見た勇樹君は、もはや性欲を露わにすることが出来ずに、サービス時間のほとんどを彼女達との会話に向けていました。
実際に勇樹君以外でも、こういった風俗店でサービスを一切受けずに、嬢との会話だけで過ごすような客も存在しているようで、その理由もなんとなくわかった気がしました。
たった2週間で数店をハシゴした勇樹君でしたが、胸の痛みは薄れるどころかますます深まっていくのでした。
勇樹君は、風俗で生きる彼女達の一面を体感したことで、性欲を満たすためという優先順位は薄れていました。
この胸の違和感をどうすれば解決できるのか、その答えは未だ見つからずにいました。
ある晩、ふと初めて入店した人気嬢のレイのことを思い出しました。
清楚でかわいくて、なぜあんな子が風俗の世界で生きているのか分からずじまいでした。
もしかしたら、もう一度レイに逢うことで、この胸の疼きが解消するかもしれない。
もらった名刺を何度も読み返しながら、原点回帰をするために、再びレイの待つあの店に再来しました。
時刻は16時を過ぎていました。
ちょうど店先に到着した時、入れ違いで勤務が終わったと思われる風俗嬢が、マスクを装着して勇樹君をさえぎって去りました。
表情こそ読み取れなかったものの、その瞳は店内では決して見られないような暗くよどんだ瞳孔でした。
もしかしたら、この世界で生き潜む者の真の姿だったのかもしれません。
そんな見てはいけないような場面に遭遇した勇樹君でしたが、2週間ぶりのあの声を耳にして一気にモードが切り替わりました。
「あっ、こんにちは~♪」
2週間ぶりに逢うレイは、相変わらずかわいすぎる理想の女性でした。
まず、自分という存在を覚えてくれていた満足感から緊張はほどけ、勇樹君は堰を切ったようにレイとの会話に没頭しました。
レイは将来保育士になるという夢を持っていること。
子どもが大好きなこと。
東京で一人暮らしをしていること。
ネイルに凝っていること。
風俗というラベルを貼らなければ、どこにでもいるような普通の女の子との会話でした。
しかしながら、ここは特殊な世界であることを再認識します。
2回目というだけあって、会話も弾んで、1回目以上の格別なサービスを奉仕してもらうことが出来ました。
別れの瞬間、レイは前回同様に名刺を渡してくれました。
勇樹君はレイとの再会を果たすことで、新しい感情が芽生えているように思えました。
もしかしたら自分はレイのことを恋愛対象として意識しているだろうか、この想いは失いかけていた恋愛初期の感覚に似ているのではないか。
しかしすぐにそれが錯覚であることを突き付けられるのです。
久しぶりにレイのことが書かれていたインターネットの掲示板を閲覧すると、そこにはかつてレイに奉仕されたことがあると思われる客達の書き込みが多数溢れていました。
「レイちゃん最高!」
「レイちゃんと結婚したい」
「レイちゃんのサービスは骨抜きになる」
人気嬢のレイに心酔した匿名の数々がそこにはありました。
トップランカーと客の自分。
そこを皮一枚でつながっているのは心ではなくて、金なのです。
金の切れ目が縁の切れ目であって、レイにとっては客の中のone of them以外の何者でもないのです。
指名をしてくれたから奉仕をする。また来てくれたからサービスを濃くする。
そして、次につなげるために愛想を振りまく。
この箱庭から下界へと帰還すれば、彼女とは決して交わることのない現実が待っているのです。
すべては風俗の世界に定められた独特の雰囲気とルールに踊らされた絵空事に過ぎなかったのです。
目が覚めるもう一つのきっかけになったのは、レイからもらった2枚目の名刺でした。
「お兄さんならば、かっこいいからすぐに恋人が出来そうですね!」
まるで自分の心の中を見透かしたかのように、勇樹君の望む存在についてピンポイントに書かれていました。
その瞬間、勇樹君の中で何かが引いて行ったのです。
自分はこの世界に来てはならない。
自分が求める形はここにはない。
金で肉体関係を手に入れても満たされるものではない。
勇樹君が望んでいたのは、疑似恋愛ではなくて、心と心が通ったプラトニックな恋愛であることを。
たった十数日の期間で、風俗の世界を暗中模索したことで、自分の孤独と弱さを知り、女性の表と裏を感じ取ることで、自分が何を求めているのかの本質をつかみ取ることが出来たのです。
そのことに気付いた勇樹君は、これ以上風俗の世界に身を投じることはありませんでした。
性欲を満たすため、遊びのためと割り切れなかった勇樹君が居座る世界ではなかったのです。
彼にとっての風俗依存症、風俗中毒になるかどうかの境目は、こびりついている違和感の正体に気付いて認めたことでした。
そして、勇樹君は短期間で学んだこれらの経験を後悔していませんでした。
自分の知らない世界を少しだけでも学ぶことが出来、新しい世界が広がったからです。
みんな誰にも言えないような心の傷や動機を抱えながら今日もどこかで必死に生きている。
失恋をしてしばらく下を向いて生活していた勇樹君でしたが、これらの経験のおかげで前を向いて進むようになりました。
その証拠として、会社の同僚の女性の目をしっかりと見ながら会話できるような振る舞いが出来ていたのです。
風俗に行ったら人生が劇的に変わったわけではないですし、風俗嬢と付き合えたという感動の筋書きではありません。
当時の勇樹君にとっては、過去から未来へ進み、「誰かをまた愛したい」という新たな息吹がもたらされたのです。
例えまた人を好きになって相手にされなかったり、無視をされたりしても、それでも人を好きになることを止めたくないと。
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