第134回「私も忘れることができない過去を背負って生きています」その4
◆大学編
大学生活は、二度目の暗黒時代でした。
私の30年の人生の中でも、最も虚無感と罪悪感が残った4年間だったかもしれません。
結論から言うと、大学に、私の居場所はありませんでした。
私は、自分を最も必要としてくれた親友を裏切ったのです。
大学1年次に、同じテニスサークルで知り合ったアキラとは、同じ地方出身で、一人暮らしで住まいが近いという共通点から、生活の大半を一緒に過ごしていました。
彼が高校時代に友達が誰もいなくて一人ぼっちで過ごしていた過去も聴かせてもらい、中学時代の途中まで暗中模索していた自分と重なっていたのもあって、親近感を湧きました。
お互い別の学科だったのですが、学科生活で常に抱いていた孤独感は共通していたので、孤独を紛らわせるかのように共に時間を共有していました。
あまりにも近くにいすぎて、いつしか私は彼に鬱陶しさと苛立ちを覚えるようになりました。
人と一緒にいるのに、携帯ばっかりいじっているアキラ。
サークルで好きになった片思いの女性が二人も出来たのに、告白する勇気がなくて、いつも弱音を吐いてくるアキラ。
自分といる時は、弱弱しい顔ばかり見せてくるのに、他のサークルメンバー達と過ごしていると、ハイテンションでお調子者のアキラ。
私は、自分の嫌な面をアキラに重ねていました。
そして、片思いになれた女性と二人で過ごせたり、他のサークルメンバー達と仲良く過ごしているアキラに嫉妬を覚えていたのです。
アキラは、私が望んでいてもチャンスすらつかめなかった願望を実現していたのです。
日に日にアキラの粗が際立つようになり、私はアキラから離れるようになりました。
けれども、一心同体のように、いつも過ごしてきた仲です。
アキラは私を追ってきました。
何度も何度も電話がかかってきました。
私はその都度無視し続けました。
ここで心を鬼にしなかったら、中途半端な優しさはお互いにとって良くない。
私は、自分可愛さのあまり、全部都合の良いふうに解釈して、必死に自己防衛していました。
私は、自分の口からアキラを拒絶する発言を告げることはできずに、態度で悟らせるように努めました。
アキラの立場を考えたら、突然自分のもとから去っていかれて、理由も分からずに、不安でいっぱいだったと思います。
傍にいたからこそ、手に取るように彼の心境が想像できました。
私は無慈悲でした。
電話を無視し続けても、それでもアキラは私に寄ってきました。
ある時、自宅のインターホンが鳴ったので、出てみると、そこには顔がやつれており、疲れ果てていた表情のアキラがいました。
自宅に押し寄せてくるとは想定外でした。
ここまでされたら、追い返せませんでした。
私がサークルを脱退した日に会ったのを最後に、3ヶ月ぶりくらいの再会でした。
アキラは開口一番、
「寂しかった。TAKA氏に会いたかった」
と、安堵の表情を浮かべて、ボディタッチをしてきました。
その言葉を聴いて、私の心は揺れました。
アキラはこんな未だにこんな卑怯な自分を必要としてくれている。もしかしたら、またあの頃のように戻れるのではないか。
アキラと出逢った頃のような純粋な感情が蘇ってきたように感じました。
「俺、彼女とSEXしてる時が一番寂しさが紛らわせるんだ」
その言葉を聞くまでは。
私の脳裏に、大学1年のアキラとの生活がフラッシュバックしました。
私は、自分がサークルを辞めて、アキラを含む他のサークルメンバーから逃げるかのように離脱した理由を思い出しました。
アキラとは一緒にいられない。
私は、アキラの最後の救いを振り切って、アキラを追い出すかのように帰らせました。
最寄り駅の改札口をくぐる、あの寂しさそうな背中が脳裏に焼きついています。
私は、知らないところで自分にないものを手にして、平気で口にしているアキラに、再び激しい嫉妬を覚えていたのです。
一人になった後、何度も自分に言い聞かせました。
これでよかったんだ。
そう思い込む他、自分を正当化させて新しい未来を進む方法はありませんでした。
アキラからは、その日を境に、ピタリと連絡がこなくなりました。
それからしばらくの時が流れ、新しい学科生活に切り替えつつあった大学2年の秋頃に、アキラと学校の帰り道で鉢合わせしました。
アキラは、頬がやせこけていて、一人で下をうつむいてとぼとぼと歩いていました。
その姿を見て、封じ込めようとしていた黒い感情が蘇りました。
あれでよかったんだ。自分が楽になるためには、ああするしかなかったんだ。
アキラとは言葉を一切交わさずに、すれ違いにハイタッチをして別々の方面に進みました。
あの瞬間は時間にして十数秒でしたが、10年経った今でも鮮明に覚えています。
それから時は流れ、私は大学をストレートで卒業できました。
卒業式の当日私はとてつもない違和感に支配されていました。
この4年間はなんだったんだ。
自分はなぜここにスーツを着て立っているんだ。
いったい、何を卒業できたんだ。
私の心の時計は、大学1年のあの頃から止まったままだったのです。
アキラを見捨てた後の大学生活は、色に表すと灰色で、私には心を通わせられる友達はできませんでした。
あの時、アキラを見捨てた罪悪感が拭えることはなく、時間だけは無常にも流れていきました。
私は、小学時代に仲良しだった人間を嫌になって、自分から離れていったあの過去と同じ過ちを繰り返していました。
しかし、仲たがいになってしまった小学校の友人とは違って、アキラはそんな私を求めて、追い続けてきました。
私は、そんなアキラに対して、自分の意思で、本人の目の前で友情に縁切りをしたのです。
そんな卑劣で身勝手な人間が、その後の大学生活を安穏と過ごせるわけがありませんでした。
いいえ、その資格はありませんでした。
何がいけなかったのか。
どうしてこんな大学生活になってしまったんだ。
あの時、どうすればよかったのか。
その自問自答から脱却できるわけがありません。
アキラと別れた後、人間関係を上手く構築できなかった私は、また中学時代のように暗闇に覆われようとしていました。
しかし、地獄に仏とはよく言ったものです。
中学のあの頃と同じ展開でした。
こんな私でも、未来へ導いてくれる高校の親友と、彼女が傍にいたのです。
私は一度目の大学生活をリセットするかのように、卒業と同時に、新たな大学へと移行しました。
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