第43回「大学入学後、大学デビューに成功したある青年の話」その3
大学3年の冬になり、彼のこれまでのマイペースなライフスタイルが変わりました。
それまで深夜まで飲み歩き、カラオケやドライブに明け暮れていた周りの友人が、俄然生活態度を改めて、企業へのアプローチを開始するのです。
そう、本格的な就職活動のシーズンの到来です。
もちろん彼にとっても避けてはならない真剣な問題です。
卒業までタイムリミット1年を切ったことと、級友達の慌ただしい姿を見て、動かせざるを得なかったのです。
ところが、いざ動き出そうとする前に、K君にとって、出鼻を挫くような大きな障害が立ち塞がりました。
自分は将来の夢がない。
今まで意識してこなかったけれど、一体自分が何に向いているのかも全くわからない。
自分はこの3年間、一体何をやってきたのだろうか。
K君は自己分析の時点で立ち止まってしまいました。
自分と言う存在を嫌というほど向き合わなければならない作業によって、自分の方向性を見失ったのです。
そして自堕落な生活をぬくぬくと送ってきたツケとして、危機感だけが残ったのです。
スーツやネクタイ、バッグなど、一通り就活に必要な道具を揃え、気乗りはしないものの、友人の付き添いで大規模企業セミナーに参加してみたりもしたそうですが、厳しい社会の一部を肌で感じたようでした。
彼は先の見えない闇の世界にさまよいこんでしまったようでした。
大学4年の春になると、これまでつるんできた仲間の半分以上が希望する企業から内定をもらっていきました。
K君だけは変わらず自分の進路の候補さえ見い出せずに立ち止まっていました。
飲食業界、営業、IT業界、異業界を転々と歩き渡り、エントリーも数十社トライしていたようです。
その中の数社ほど書類選考を突破して面接にこぎつけることも出来たそうですが、面接官に聞かれるお決まりのテーマである2つの問いを前にして、戦意喪失せざるを得なかったようです。
あなたが大学生活で頑張ってきたことは何ですか。
自己PRを3分以内でお願いできますか。
彼はこの時期から、自身のブログでも現実逃避の表現が多く使われるようになりました。
「消えてなくなりたい」
「生きていったって何も楽しいことがない」
「小学校の頃は夢がたくさんあって良かった」
同時に、大学の友人が異口同音に、こう語りかけました。
「K、俺たち(私たち)がついてるよ」
「K、元気出して!お前なら大丈夫だよ」
変わらぬ友情でK君を支えるエールを送っていましたが、K君はそのコメントをスルーしていました。
自分=落伍者。彼ら=一歩先の世界に進出してしまった希望の星という境界性を引いてしまっているようでした。
4月以降は、再履修科目取得の授業になったため、学内で友人達との接点もなくなっていったそうです。
今までの毎日が嘘だったかのように、大学で彼は独りで行動するようになりました。
この時になって、私は来るべき瞬間が訪れたように思えました。
K君のこの4年間を振り返ってみて、当初は大学デビューに成功し、高校時代のような寡黙なキャラクターから一新したかのように思われましたが、三つ子の魂百までです。
自慢話をしている時、異様なテンションで盛り上がっている時、彼は無理をしているような印象を受けたからです。
正反対の生活を送っている私とK君が、それでも関係が途切れずに細々と続いていたのも、K君の本質は変わっていない見識があったからです。
落胆するK君に対して、私はこう尋ねました。
「どんな時も家族のように多くの時間を共に過ごしてきた大学のメンバーになら、心の悩みも分かち合えるんじゃない?」
彼は神妙な面持ちでこう答えました。
いや、それはまず無理だわ。なんか真面目な話が出来ない空気があるし。
考えてみたらノリのいい連中ばかりだったけれど、腹割って話せたことなかったわ。
K君は今までに見せたことがないような儚い表情を浮かべてつぶやきました。
その後のK君はどうなったのかというと、今度は鞍替えするかのように、小学校時代の旧友とつるむようになりました。
相変わらず学業面には本腰を入れられなかったようで、なんと卒業論文は2週間前になってから初めて着手して、徹夜の日々でなんとか体裁を整えて提出したようです。
前代未聞の荒業でしたが、お情けで単位がもらえて無事卒業を迎えたのです。
そしてそれからK君は6年間フリーター生活を続けました。
そのうち卒業後2年間は音信不通になりました。
大学受験浪人時代のように、みすぼらしい自分を見せたくなかったようです。
割り切るのにそのくらいの時間がかかったと後に教えてくれました。
2年ぶりに再会した飲み会の席で彼は苦笑いを浮かべながらこう言いました。
大学時代の俺なら絶対この後カラオケオール行っていたんだけれどな、俺も年取ったわ。
そんな元気ねぇ(苦笑)ってか明日も朝からバイトだし、早く帰って寝ねぇと。
季節は25歳の初夏でした。
皆さんは、K君の大学生活をご覧になって何を感じられたでしょうか。
過去に登場したN君、Y君とは形は違えど、K君も暗中模索を続けていました。
大学生活で夢中になれる何かに巡り合えなかった末路は3者とも共通しています。
そして、残すところは私自身の大学生活を綴ることで、大学シリーズを完結したいと思います。
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