第174回「勝ち組か負け組かなんて、今はわからない」
かつて「勝ち組」「負け組」というキーワードで、人生の良し悪しを照らし合わせている風潮がはびこっていました。
恋人がいない=負け組
非正規職員、年収200万=負け組
受験に失敗した人=負け組
どこの誰が定義したのかはわかりませんが、このような揶揄が至る所から飛び交っていました。
では、どういう人間が勝ち組なのかといえば、その条件の真逆である生き方を進んでいることを示しているようです。
今日の「リア充(リアルに生活が充実している)」と呼べるような人間も、勝ち組だという見方もあるようです。
もしも、自分は負け組の人生だと縛りつけていたとしたら、今と過去で全てを決めつけてしまうのは非常にもったいないです。
勝ち組、負け組のフレーズが以前よりも目立たなくなったとは言え、劣等感に苦しんでいる人間は顕著になっています。
人の一生は長い目で見てみないと分からないものです。
冬の後に春が必ず訪れるように、人それぞれのペースで開眼する瞬間が訪れるのです。
今回は、恋人はおらず、受験の挫折や就職失敗を段階的に経験した友人の実話を紹介します。
名前はT君とさせてもらいます。
彼は高校卒業と同時に志望校に進学することができず、浪人の道を選びました。
彼以外の同級生はみなそれぞれの新しい道に進んだものの、彼は自宅に籠って独学で受験に臨む道を選択したのです。
彼が外部の世界と遮断するのに時間はかかりませんでした。
自分以外のほとんどの同年代達は、大学や専門学校で新しい生活を過ごしているのです。
独り自宅に取り残されて分厚い問題集と対峙している彼にとってみては、もはやかつて共に過ごした友人達は、自分よりもはるか先の世界に旅立って行ってしまったように捉えていたのでしょう。
後に彼は私にこう言いました。
その言葉に当時の彼の心境のすべてが凝縮されていたのでしょう。
「あの時代にはもう二度と戻りたくない。マジで地獄だったわ」
そんな彼は自分に打ち克って、翌年の春には見事桜が咲きました。
1年遅れてではありますが、志望する大学に入学を果たせたのです。
大学入学後、彼はそれまでの鬱屈とした日々から解放されるかのように、鮮烈な大学デビューを果たしました。
同級生のほとんどは現役生で、彼よりも一つ年下ではありますが、数々の友人が作れてそれはそれは楽しい大学4年間を過ごしたのです。
彼にとっては1年の浪人生活をバネにして、大きく躍動したのです。
しかし、彼にとって二度目の壁は就職試験でした。
彼は再び挫折を味わうことになります。
大学生活であなたが一番頑張ったことは何ですか?
定型質問の如く、毎回冒頭からぶつけられるこの問いに、彼は閉口してしまうのです。
「俺、大学生活で努力したことなんてなかったわ」
彼は寂しそうにそうつぶやいていました。
彼は友人達と共に過ごした思い出は山ほどあったものの、会社にアピールできるほどの誇れる体験は皆無だとこぼしていました。
彼は社会に通用しないと痛感したのです。
間もなくして彼は就職活動を頓挫して、卒業後はフリーターの道に進むことになりました。
あの宅浪時代のように、彼とは以後一切連絡がつかなくなりました。
彼が生きているのか死んでいるのかすらつかめない日々が続いたのです。
1年経っても、2年経ってもつながらない電話でしたが、電話番号が存在している限り、彼は生きていると信じるほかありませんでした。
彼は闇をさまよっていたのでしょう。
そんなある夜半のことです。
いつもは鳴るはずのない時間帯に、珍しくコールがかかってきたので、誰かと思えば、まさかのT君からの着信でした。
いつかはつながることを信じていましたが、ついにこの時が訪れたのです。
気が付けば最後に連絡してから3年の月日が流れていました。
彼は開口一番、
「今まで電話に出られなくて本当に悪かったね」
と、心から申し訳なさそうに謝りました。
その言葉の裏には、悲壮感というよりも、照れくささが込められているような印象を受けました。
彼がこうして自分から電話をかけてきた時点で、何か彼の中で大きな吹っ切れや変化があったのは察していました。
彼は言葉にはしていませんでしたが、人には言えない孤独と不安に覆われながら今日まで過ごしてきたようでした。
そしてこの日を境に、音信不通だった日々が嘘だったかのように、連絡が再開したのです。
彼はその後もフリーター生活を続けていましたが、29歳にさしかかった春に、ついに正規職員として昇格しました。
転職したのではなくて、アルバイト先の会社で実施された正社員の入社試験に合格を果たしたのです。
彼は長年勤めてきたアルバイト先の職場に人生を託す決意をしたようです。
30を前にして、身を固める覚悟ができたようでした。
彼は晴れて正社員としての新入社員採用になったと同時に、遠方の勤務地にて、新しい人生のスタートを切ることになりました。
飛行機や電車を乗り継いで行けるような遠隔地なので、気軽に会えるような距離ではありません。
今まで傍にいた家族や友人達とも離れて、一人で大地に立つ時が訪れたのです。
けれども出発を前に、彼の横顔は希望に満ちていました。
こうして彼が新天地に旅立ってから1年以上が経ちましたが、彼はそれまでの日々を踏み台にするかのように躍進しているようでした。
新しく出逢った仕事仲間、広大な大地、澄み切った環境、どれもが新鮮で刺激的で、仕事もやりがいがあって充実している様子がうかがえました。
もともと何年もアルバイトとして続けてこられた仕事の延長です。
彼自身興味がある分野で、大学で培った知識や経験も活かせているようでした。
彼はここに至るまで紆余曲折ありましたが、30歳を前にして、ようやく自分を活かせる居場所を見つけられたようです。
そして、そんな彼から先日、「入籍した」という吉報が届きました。
触れていませんでしたが、彼は交友関係こそ広かったものの、長い間恋人には縁がなかったようでした。
そんな彼と伴侶となったパートナーは、同業者だったようです。
きっとお似合いの相手なことでしょう。
壁にぶつかった時に、彼が立ち止まらずに腐らなかったのは、自分の可能性を信じたことと、彼を支えてくれる友が傍にいたからです。
彼の軌跡を見ていると、人生というのは捨てたものじゃないとエネルギーを注入してもらいます。
続けること、信じること、諦めてはいけないことを教えてくれるのです。
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