第189回「意図された偶然について“ナンパから”」その3

実体験・人間考察コラム

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目と鼻の先にタイプの女性がいるのに、リスクを畏れた私は、何もできませんでした。

 

ナンパ用語でこのような現象や心境を「地蔵」と言うらしいのです。

いざ目の当たりにすると、勇気が出なくて、みすみす逃してしまうことを、直立不動の地蔵に擬えているわけです。

自分の無力ぶりをここに来ても痛感するハメになりました。

いざという場面で、出来ない言い訳が怒涛のように押し寄せて、その結果独り大都会に取り残されました。

失うものはないはずなのに、やはり同じ過ちを繰り返してしまう自分。

羞恥心が先立ってしまい、あれだけ描いていた成功のビジョンは雲散霧消したのです。

そもそも自分にとってのリスクというのは何なのだろう。

 私は今渋谷にいる。

周囲を見渡せば、ひたすら人、人、人。

右を見ても左を見ても、知らない顔。

ふと顔色を窺っても、誰一人私と目を合わせる者はいませんでした。

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり

平家物語の有名な一節が脳裏を駆け巡ります。

私の意思に関わらず、世界は常に動き続けていました。

だとすれば、私の心配は杞憂に過ぎないのかもしれない。

私のことを知る人間も誰もいなければ、私が一人の人間に声をかけたところで気にしている者などいないのではないか。

次の瞬間、私は再び前に進み始めました。

自分の使命を取り戻したのです。

それからしばらく渋谷の街を往復し続けました。

30分ほど経った頃合いでしょうか、タワーレコードの入り口付近で、再び心を惹かれる女性が視界に入ってきました。

齢19歳くらいでしょうか。

外見は、例えるならば有村架純のような可憐さでした。

何より、渋谷で黒髪、しかも可愛らしいという図式がミスマッチと言いましょうか、際立っていました。

歩く足も遅めだったため、声をかけるのにはベストタイミングでした。

私は「今度こそは!」と自分を鼓舞しながら、彼女を追うような形で後ろにつきました。

この時点で、私はどのような第一声をかけようかシュミュレーションを立てていました。

彼女は駅の方に向かっているようだったので、声をかけるのは今しかありませんでした。

このチャンスをみすみす逃してはいけない。

私は、胸の鼓動を抑えきれないまま、「今度こそは」と、声をかけるタイミングをうかがいました。

やはり歩行中というのは、格別に勇気が要ったため、彼女が一人立ち止まる瞬間を狙うことにしたのです。

彼女は地上から地下街へと移動して、私は適度な距離を保ちつつ、彼女の後を追い続ける形になりました。

この行為は客観的に観ればストーカーのように思えても間違いはありませんでいた。

私は自分の行いがそうではないことを証明するためにも、直ちに行動に移す必要がありました。

そして、その時は前触れもなく訪れました。

東急デパートの惣菜売り場にたどり着くと、彼女は足取りを止めました。

今、この時を逃したら、私は後悔の念でますます自信を失うことでしょう。

そうして悶々とした感情を抱えたたまま、私は世の中を、そして自分を悔恨しながら、形式上だけの卒業証書を手にすることが出来るでしょう。

でも、その先に何が待っているのかを想像してみたら、果てしなく広がる闇の世界でした。

私は運命を変えるために、ついに声をかけました。

こんばんは!


たった一声を発するために、どれほどの勇気と事前準備をかけたことでしょうか。

いざ行動に移すと、拍子抜けするくらい楽に行えました。

相手はすぐに反応を示しました。

やや驚いたような表情で、突然声をかけた私に対して、次の言葉を待っているようでした。

田園都市線の改札口をお聴きしたいのですが、場所は分かりますでしょうか?

 事前に用意した質問ネタでした。

もちろん場所は知っていたわけですが、あくまでも声掛けのきっかけの一つでした。

彼女は私のその問いに対して、瞬時に意図を理解したようで、懇切丁寧に説明してくれました。

警戒心が一瞬和らいだような表情の変化でした。

私はそんな彼女にお礼を述べて、その場を後にしました。

つい数分前まで赤の他人だった女性と、一瞬だけでもつながりを持つことが出来たのです。

ただ道を尋ねる。

そして答えてもらう。

その後は別れが待っている。

彼女とは二度と会話を交わすことはないでしょう。

そして、この先会うこともないのです。

それでも、私の胸には虚しさどころかかつてないような躍動感に駆られていました。

今まではテレビやネット、そして学内で、「この子はかわいいな」と思った女性がいても、自分とは遠い世界の絵空事のようにただ指をくわえて妄想を広げて悶々とした日々を過ごしていただけでした。

いきなりデートに誘うようなナンパ行為は、初心者中の初心者の私にとってハードルが高すぎましたが、たった1回の道聞き行為ならば、恋愛に成功体験が皆無だったと言ってもいい当時の私でも実行に移せました。

自分からタイプの女性に声をかけることの達成感とワクワク感は想像以上のものでした。

たった一回の声掛けで人生が劇的に変化するわけではありません。

お相手の女性からすると、「いきなり見知らぬ男性から声をかけられた」という一瞬の出来事で終わったことでしょうが、 当の私からすれば、この経験は私の常識をぶち破るための突破口になったのです。

それは、「自分がタイプの女性に相手にされることはない」という固定観念と先入観を瓦解させることに繋がったのでした。

そして間もなくして、私は3回に渡る告白劇を繰り広げることになる女性に巡りあうことになります。

渋谷の街では、数時間ほどでしたが運命を変える一日となりました。

それから7年後にはマイナビから依頼を受けたコラム執筆のための街頭インタビューとして、20代の女性陣に声をかけるという猛攻を行いましたが、この時の経験が後押ししたことは確かです。

ほんの少しの勇気とチャレンジ精神で得られるものはたくさんあります。

私の行為は誰にでも模倣できるものですし、世の中にはそれ以上の行為を実行して、自己実現を果たしている人間がたくさんいます。

みなさんの中の常識を覆すための冒険に出かけてみませんか。

私もまたこの週末に旅に出ます。

Posted by TAKA