第32回「大学に居場所をなくしたある青年の話」その3

2015年12月3日実体験・人間考察コラム

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N君は、大学を辞める選択を選びませんでした。

むしろ選べなかったと言い換えたほうが妥当かもしれません。
苦渋の決断の末、決死の思いで両親にありのままを話したところ、返ってきた言葉は次のようなものでした。

「もう大学3年になったんだから、あと1年我慢すれば卒業じゃないか。今までの学生生活は何だったんだ。そのくらいで苦しんでいたらこの先やっていけないぞ。それに辞めてどうするつもりなんだ」


核心を突いているだけに、N君は何も言い返せなかったそうです。

学生という身分から、学費を筆頭に経済的に親のバックアップを受けているN君は、入学金から授業料までこの3年間費やしてきた数百万の大金を犠牲にすると思うと、自分の言っていることが、我儘や甘え以外の何物でもないと悟ったようです。

それに、大学を辞めた後の進路など想像出来ずに、待っているのはフリーター生活という厳しい現実でした。

 
ここでドロップアウトしたら、「大卒」という正社員採用に欠かせない必須条件を自ら手放してしまうリスクを選べるはずがありませんでした。

N君はそれからあの場所に戻り、同級生のからかいやイジりの対象になりながらも、学校を休みがちになることはありませんでした。
 
一連の葛藤を乗り越えた彼は、現実と向き合う以外の選択はないという諦めに近い気持ちが固まったのでしょう。

そんな漫然としていた日常に、大きな出来事が到来しました。


月日は流れ、大学四年になり就職活動も本格化しようとしている最中に、N君の携帯に着信が響き渡りました。

「お~いN、久しぶりだなぁ~3年ぶりくらいか、俺のこと覚えてる?」

電話の相手は、N君が1年生の時に、"自分の求めていたものと何かが違う"という理由で入学してわずか半年で退学した同じ大学の元同級生でした。

その彼は大学を辞めたあとすぐに、民間のサービス業にフリーターとして就職し、それから二年半かけてコツコツ働き続けた結果、現在では正社員として多忙な日々を過ごしているようでした。


そんな彼でしたが、たまの休日に携帯のメモリーの整理をしていたら、N君のメアド、電話番号が目に留まって、忘れていた大学時代を思い出したそうです。
 
そのままの勢いで、棚奥に封をしていた辞める直前の体育祭で記念に撮った写真を取り出して眺めてみて、思わず懐かしくなって連絡してきたそうです。
     
N君は彼に、以前の自分を投影したのかもしれません。気になっていたあの質問を投げかけました。

「大学を辞めて後悔していない?」

彼は即答で、こう答えました。

 
「全然、むしろ辞めてホントよかったよ。こうして自分のやりたいように生きてるしな(笑)」
     
 
久しぶりに聞いた彼の声は、大学時代とはうって変って生き生きとしていて、決して虚勢ではなく、毎日が充実している様子がダイレクトに伝わってきたそうです。

電話を終えて、N君は複雑な思いに駆られました。

あの時あの瞬間、あれだけ葛藤を重ねた末に、これでいいと思った決断だったが、果たしてそれは正解だったのだろうか。

義理で大学に通っている惰性の日々とは裏腹に、勇気を出して新しい一歩を踏み出した彼がうらやましくて仕方がなかったそうです。


すぐに現実世界に戻ったN君は、それからも変化のない連続の日々を過ごしました。
 
たまに中学・高校時代の友人から、「大学どう?俺まじ楽しいよ。」とか「今度みんなで久しぶりに集まろうぜ。近況報告したいしさ」という連絡が来ましたが、全部適当な理由をつけて断ってきたそうです。
 
今の自分ではみんなに会わす顔がないと言っていた彼の呟きが次の発言からもよく伝わってきました。
 
TAKA氏~、俺大学選びを受験情報誌や偏差値だけで決めたことがそもそもの間違いまったわけだけど、正直なところ、学校の問題じゃなくてさぁ、俺の性格自体が学生生活に向いてないのかもしれない。
 
こんな弱い俺んじゃ社会でやっていく自信ないんだわ。


それからもN君は日に日にマイナスの感情に支配され、肝心の就職活動の前に尻込んでしまいました。


私はN君の苦しみを、ただ話を聞くことでしか受け止めることが出来ませんでした。

そんな彼に更なる試練と逆境が押し寄せてくるのです。

自業自得と淡々と話すN君ですが、過去の怠慢のツケよって単位不足よる留年が確定してしまったのです。

あの同級生はこぞって巣立ちましたが、N君だけは、大学5年生という形で残留することになったのです。

私がN君の一連の過程をなぜコラムに書こうと思ったかというと、N君の一部始終は、決して人事ではなく、きっかけや出会いによって彼のような境遇に足を踏み入れる可能性がどこにでも潜んでいるからです。

もちろん毎回話を聞いてきた私にとっても、他人事ではなく、類似した生活を過ごしていたというのもありました。
 
“後悔のない人生を送って欲しい"という願いを込めて次回最後のコラムで締めます。

 

2015年12月3日

Posted by TAKA