第241回「元カレが忘れられない女性を好きになって諦めるまでの心境」

2015年11月30日実体験・人間考察コラム


人生を半分あきらめて生きる (幻冬舎新書)  諸富 祥彦

著者である諸富祥彦氏は明治大学文学部教授であり、心理カウンセリング等の活動を行っている方。

「生きるとは、小さな「あきらめ」を積み重ねていくことです。」(p.3)と。

確かに、仕事にせよ、家庭にせよ、様々な人間関係にせよ、あきらめざるを得ないことが多々あると思う。

うまくいかないのはすべて自分の責任であると考え、苦しむ人が多い。
そこで氏は、「人生を半分あきらめる」ということを提唱する。

今まで「手に入って当然」と考えていたものを積極的にあきらめ、(=半分をあきらめる)

残り半分で自身がこだわるべき部分は徹底的にこだわり、

譲れないところは
決して譲ることのない人、そういった区別できる、いわば自分の中に「ものさし」をもっている人こそが、満足を得られる時代になっていく、という。

(Amazonレビューより一部引用)


気持ちは嬉しいけれども、応えられないの。


忘れもしない4月1日のあの日、私は意中の女性を呼び出して、告白をしました。

当時、この告白の成功率はかなり高いであろうと予測していました。

事前に数回二人で食事をして深い話も出来たし、手を繋いだりして好意もしっかりとアピールしてきた。

彼女も一切断ったり拒否反応を見せたこともなかったんだ。

こうして私は意を決して勝負に移ったのです。

単刀直入に気持ちを伝えた後、間を置かず、すぐに彼女は口を開きました。

開口一番発したのが冒頭の一行です。

えっ!?


正直、ダメだった場合も想定していましたが、その可能性は限りなく低いであろうと推測していたので、拍子抜けしてしまいました。

なんで・・・・・・?

私はその疑問を確認せずにはいられませんでした。

この日がエープリルフールだっただけに、嘘ではないかという混乱状態にも陥りました。

元カレが忘れられないの・・・・・・。


土壇場で、初めて彼女が抱えていた心の深淵を知りました。

私は消え入りそうな彼女の瞳を見ながら、その場を撤退せざるを得ませんでした。


わかった。

今日は突然だけど話を聴いてくれてありがとう。

これからもよろしくね・・・・・。

こうして、自信満々だった告白劇は玉砕に終わりました。

振り返ってみれば、彼女と過ごしてきた時間の中で、元カレをひきずっていると感じられるような発言が確かにありました。

今まで付き合ってきた男性の中で一番長い交際歴があり、彼女の人生観を変えてくれた恩人でもあるという話をしていたことを思い出しました。

告白に敗れたと同時に、彼女の中で元カレはかなり大きな存在であることを突き付けられたのです。

それから彼女とはギクシャクすることなく、むしろ二人で遊んだり、食事をする機会が増えて行きました。

そんな二人の関係は長く続かずに、転機が訪れます。

私、元カレと復縁しようと思っているんだ。

やっぱり元カレのことが今でも好き。

元カレとこの前逢ってきて、やり直したいって言われたんだ。

初めての告白から3か月ほど経ったあるデートの帰り道に、彼女からそう告白されました。

彼女は包み隠さずに元カレとの再会話の一部始終を話してくれました。

もしここで私が彼女を引き留めて、

「俺がいるじゃないか!」

と、強引に止めれば状況は変わっていたのかもしれません。


私はそういう行動に移れませんでした。

私はこの数か月間、告白に敗れた後もやれるだけのベストを尽くしてきたつもりでした。

彼女は私の好意に気付いていたはずです。

その結果、彼女が真剣に出した答えなのです。

私は彼女の確固たる思いと、新しい一歩を尊重するという選択以外ありませんでした。

そして、この日に別れてから、私からはそれ以上の詮索やアプローチは出来ませんでした。

更に一ヶ月が経った季節の変わり目に、ふと彼女の近況が気になって、しばらく遠ざけていた彼女のFACEBOOKのアカウントを覗いてみました。

すぐに画面で目に留まったのは、元カレと復縁して嬉々としている、私が見たことがない満面の笑みの彼女と彼氏の写真がアップロードされていました。

悔しいほどお似合いでした。

こうして私の片思いにピリオドが打たれたのです。


文字にすると達観しているようですが、しばらくは相当引きずりました。

あの写真を目にした時の胸のズキズキは筆舌に尽くし難いものです。

努力や情熱だけではどうすることも出来ない現実の重みに潰れそうになりました。

無気力状態が続いて、人と会おうとする意欲が薄れて、殻に閉じこもっていました。

2日間部屋に閉じこもって、ただ放心状態が続いていた休日もありました。

時期的にある資格試験が近づいていましたが、全くやる気が起きずに八方ふさがりでした。

そんな崩れた生活が続きましたが、徐々に冷静になってきます。

すると、彼女への感謝の念が芽生えてきたのです。

彼女は私という人間と向き合ってくれたからこそ、元カレの存在の大きさを再確認したのでしょう。

私は利用されたというふうには一切思えませんでした。

むしろ私は彼女の恋のキューピットになれて、誇らしいことではないかとすら感じていたのです。

相手が自分でなくても、彼女が今一番幸せならば身を引くという道は正しいのではないか。

もしかしたらいつかまた彼女と縁があって再会する日が訪れるかもしれない。

その時にまた成長した自分で笑顔で話したいし、力になりたいから。

別々の道を歩むことにはなったけれども、私は私の人生を満喫しなければ損である。

自分の可能性をここで諦めたくないから。

そう気持ちの整理が落ち着いてきた時に、断然心が楽になりました。

そして時間はかかったものの、少しずつ執着を手放していくと、そこから新しい出逢いが待っていたのです。

半分諦めて、半ば諦めないという選択によって、私は自分を救えたのです。

2015年11月30日

Posted by TAKA