第138回「友達がいない孤独感に震えていたら」 

2015年12月1日上手くいかない人生


これまで孤独をテーマにしたコラムを書いてきたことで、以下のような声が寄せられました。


私も学生時代に挫折して、今とても苦しい生活を過ごしています。
僕も、友達と呼べる人間が近くにいなくて、寂しい生活を過ごしています。
職場の人間関係に疲れ切っていて、毎日憂鬱で仕方がありません。

   

みなさん、忘れられずに引きずっている過去と、うまくいかない今に苦しまれている実態が浮き彫りになりました。

そこで今回は、私自身の孤独観にスポットを当てて、展開していきます。


実生活の中で、私という人間に対して、「友達がたくさんいそう」という印象を受ける方がいらっしゃいますが、実際に友達の数はそれほど多くはありません。

携帯メールやLINEは、一日誰から来ないこともありますし、休日は友人と過ごしていないことの方が多いです。

私が心からの友達と呼べる人間は、ぱっと浮かべて3人ほどです。

同じ志を持つ仲間と呼べて、長年付き合いが続いている人間は数十名いますが、心友と言えるのは片手で数えるほどです。
   
私が友達と言える基準は、「自分の本音を話すことができる。人として信頼していて、尊敬している」という人間です。

そういう人間とは、一か月の中でも頻繁に会えるわけではありませんが(遠方に住んでいるのもあって)、数か月ぶりに会ったり、たまに電話で長話をすると、ブランクを感じずに、楽しいひと時を共有することができます。


20代前半の私は、街を歩いている若い学生グループ達が談笑しながら歩いている姿を見ると、無性に虚しくなったり、孤独感を覚えることがありました。

それは、私が最初の大学生活で実現できなかった理想像を、目の前の彼らに重ねているからです。

ですが、私は20代後半で悟りました。

私という人間は、大勢の輪に入って、同じ時間を長時間過ごすことを苦痛に感じてしまう。

友人関係、人間関係は、一定の距離感を持って、つかず離れず気を許した少数の人間と接する方が楽であるということに。

それに気づけたのは、最初の大学の経験と、卒業後に進学した2つの大学と、社会人生活による影響が大きいです。


私は一人の時間を過ごしつつ、たまに飲み会に参加したり、親しい仲の人間と一対一で会うペースが合っています。

友達と言う定義は人によって異なりますが、人数が多かろうが少なかろうが、いざという時に助け合えたり、喜びを分かち合える人間が、人生において大切な存在だと思います。


一生のうちに本気で好きになれる異性の数はそれほど多くはないように、心の友と言える存在とはなかなか巡り会えないかもしれません。

でも、孤独に震えていて、みなさんとの出逢いを渇望している男女がこの世界のどこかで存在しているものです。
   
実際に、集団の輪の中でいつも目立っているような人間も、本音を聞いてみると、拭いきれない孤独感を抱えていたり、本当の友達と言える相手が少ないことを悩んでいるというケースもよく耳にします。

私が今でも付き合いが続いている友達、仲間の中では、20代に入ってから出逢った人間の数の方が多いです。

最初の大学生活で人間関係を失敗している分、その大学の旧友とは、誰とも連絡を継続していませんが、そんな自分の人生を変えるために入学した大学や、社会人になってから巡り会った方との縁が続いているのです。
   

もしも今、自分には友達も恋人もいなくて、寂しくて仕方がない日々を過ごしていたとしても、良縁はいつ巡ってくるかわかりません。

失敗しても、人間に、自分に失望せずに、求めて行動を重ねていってください。
   
私の経験をもとに言えば、10人自分が気に入った人間に好意をもってアプローチしたとして、その内1人と縁繋ぎできれば、素晴らしい結果だと思います。
   
まだ人生はこれからです。

2015年12月1日

Posted by TAKA